1941年08月11日

太閤記は物足りない

(月)曇
雨のため飛行出来ず●隊士の色々な事に関する講話及通技等で日が暮れる。
水泳無し。入湯外出。太閤記を読んでゐたが、どうも何だか物足りなくて
船越の方へ出てみる。
ビールを呑んでみたが大して味もない。
冷やし半分に町を歩いて帰る。
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1941年08月10日

汚いところで泳いだら心まで汚れるようだ

(日)晴
日曜の当直は比較的呑気だ。
大して何等なす事を知らずに暮れる。
水泳の際、汚いところで泳いだら心まで汚れた様で
大変嫌だった。
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1941年08月09日

「親しき仲にも礼を忘るな」

(土)曇
雨は降らねど「どんより」した天気だった。
飛行機は出したれど飛ばず待機だ。
午後半舷外出。土曜日の帰りではパッとしないけれど,下宿にて太閤記を讀んでくらす。金がないと何となく落付かない。
生まれてはじめて人に金を借りたれど,仕方なしとはいへ嫌なものだ。
つまらぬ処には決して使用せぬ。なくなって初めて有りがたさがわかる。
「親しき仲にも礼を忘るな」中川班長の一言。
大いに心得とすべき事だ。
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1941年08月08日

宙返り等の気持は満点

(金)晴
午前追運同乗。大分馴れたので作業が面白く出来る。殊に宙返り等の気持は満点だ。艦爆ならでは味へぬものだ。俺は幸福だ。若人の血は沸く。恋とか愛とか、さう云った浮ついた者でなく、口で言へない非常に崇高な気持だ。面白いだけではない勇壮だ。男らしい本當に男らしい仕事だ。張合いを持ってやれ。
午後は降爆。水泳ナシ。明日は乗れるさうだ。
今夜はよく睡ろう。
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1941年08月07日

四千米から「ダイブ」

(木)晴
迷彩実験に乗ったら約二時間位飛ばされた。四千米から「ダイブ」三回始めてやったら何だか耳が変になった。
午后は降爆だ。搭乗●ナシ。
入湯外出。淋しい財布の底をはたいて太閤記第三巻を買った。大いに読むつもりだ。
先づ第一に人間を作る。技術はその次だ。人との交際が面白く出来ねばならぬ。俺の本当の正確を知ってくれる人は居ないらしい。外面だけでも朗らかにやれよ─。
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1941年08月06日

「ジャコ」は又及ばず

(水)晴
第一搭配の身体検査を朝から行って十時頃迄かかる。お陰様にてまた乗れなかった。午後は降爆の実験にて「ジャコ」は又及ばず。無念の涙を呑む。といっても内心では悦に入ってるかも知れぬ。自分の本当の心はなかなか言えないし、又書けないものだ。
夕補は水泳だ。海軍男子が五〇〇米泳げぬとて御目玉だ。全く申訳ない事と思ふ。
明日は外出だから張切ってやらう。でも二円五十銭では何だか心細い話だ。然しこれでやればやれると信ずる。いや出来ても何でも、やらねばならぬ。之も一つの信念の下にやらう。
搭乗員だから、金を多く使ひ,つまらぬあそびをする事は許されない事だ。何時かも大分で隊長の言はれた如く実用的には使用するも差支えないが、つまらぬ所に使用するのは慎まう。でもまだ本当に実行出来ない。之が実行出来たらまづ私の心は大分出来たと見て良い。それに近くなるやうにやろう。
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1941年08月05日

午後の試γは大変愉快

(火)晴
午前追運同乗。午後試γ同乗。
朝は一寸気分が悪かったけれど、午後の試γは大変愉快だった。
初めて背面γをやった時の気持、横転の時の姿勢等非常に面白かった。
とに角一日一日とγ作業が面白く出来れば良いのだ。先づ健康だ。身体さへ丈夫ならば毎日愉快にやれるわけ。
元気で。
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1941年08月04日

初めて飛んだ

(月)晴
朝帰り、半入の時は一寸良いものだ。
本隊へ来て、初めて飛んだ。九々●、実に気持ちが良い。九六●の比ではない。連絡は近い故もあるが、どんピシャリだ。電話もやってみたが、なかなか良い。
午後は追運同乗だ。酔ッ払うを覚悟して行ったけれど案外面白い●ならではの気分が充分出せた。
通信技術と交話法を良く勉強せねばならないと痛感する。まだまだ我らの腕は問題にならない事が如実にわかる。
空二号の電路も大体知っておかねばならぬ。
多忙なのだ。安閑としていてはならぬ。
入湯をたのしみに勉強せよ。明日はどんなΥかな─。天候快晴を熱望する。
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1941年08月03日

「太閤記」第二巻

(日)晴後曇
総員起しと同時に病室に行き何とかいふ名の注射をする。遅くなって外出は遅れ外出だ。初の下宿へ行って「お願いします」をやって迫浜劇場で「上海の月」ろくでもない映画を見て時間をすごす。
晝すぎ横須賀へ出て見たが時間をどう費やして良いかに困った位だ。「X」をたずねてグルグルと廻ったけれど見當らぬ。判った処で到底駄目だ。夕食を終って田浦を通って帰る。
間もなく夕立が来た。
朝買っておいた「太閤記」第二巻を十時半までかかって全部読んだ。
浜田教員の言った如く非常に有効な事が書いてある。
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1941年08月02日

翔鶴に試γ!!

(土)晴
遂に1週間飛行なし。朝大掃除「ヤル時ャヤル」という艦爆の気風を如実に現して、大いに廻った。然し愉快だった。秋吉班長のいつも言った言葉がしみじみ味わえる。
午前、座席の整頓並びにけんきゅうという名は良いが、殆ど眠っていた。目がさめてみたら1200だ。泡を喰って帰った。
も少し勉強せねばならないのだかれど?
卒業して了ったら横着になるのでいけない。
午後は翔鶴に試γ!! 1機だけ行った。我々「ジャコ」は到底行けない。
外出員の出た後の隊内は静かなものだ。
飛行機を出したり入れたりで時間がすぎた。
夕秿の水泳もなく、背面飛行とまではいかないけれど大体似た事であった。
夕食后、技廄の夜間γの夜設を用意して巡検終りまで飛行場に居た。
飛行がないからかも知れないけれど大変呑気だ。時々これで良いのか、と反省させられる。こんなつまらぬ反省でもする時はまだ良いのだ。
馴れてしまったら当り前だ位に思うだろう。
それは最も警戒しなければならぬことだ。
何時までも練公の時の気持で少しずつでも向上しよう。明日は半舷入場だ!!
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